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青野の鑑賞記録 ~溢れる思いを、心ゆくまま~

『おんな城主直虎』新ポスターに思う~38話以降に期待すること~

はじめに

 新ポスター発表になりましたね。菅田将暉さんの清々しいビジュアルと、直虎の成熟した眼差しの対比に心が浮き立つのを感じました。新しいことが始まる高揚感が楽しくて、「第三幕」について何か書いてみたくなりました。そこでこのエントリでは、箸休め的に、38話以降の演技陣に期待することを気楽に述べてみたいと思います。

 

第一幕~直親の成長と「主従関係」~

    38話以降について述べる前に、その前段階として、前回のエントリに補足して『直虎』全体構造の中における12話までの位置づけについて、主として政次と直親を中心に整理してみたいと思います。

 前回のエントリでは『直虎』を「三幕構成」という視点から3つのパートに分解し、特に第二幕について詳しく論じました。そして第二幕の前後半に、それぞれ小ミッドポイントがあるのではないかという考えを提起してみました。

 その際に第一幕についてはほとんど言及しませんでした。しかしあのエントリをアップした後に、12話程度のまとまりを前後半に分けるという考え方は、おそらく第一幕にも当てはまっているのだろうと考えるようになりました。

 その視点から第一幕を捉え直すと、少ミッドポイントは7話「検地がやってきた」になるだろうと思います

 

第一幕城主誕生編(1~12話)前半 次郎法師(竜宮小僧)誕生編(1~7話)

               小ミッドポイント 7話 検地がやってきた

                                                             (直親と政虎の主従関係の確立)

               後半 直親成長編(8~12話)

 

 川名で岩松殿を騙すために必死に工作し、目線と目線で会話をした直親と政次。その後の井戸では直親から「おとわのためにともに井伊を守る」という提案が行われ、政次はそれに言葉で同意こそしないものの、否定しないことでそれに乗ります。二人は、緊張関係を孕みながらも、おとわのために手を携えて「主従になる」ことを了解したのです。ここでいう「主従になる」というのは、二人が同じ目的を持ち、リーダーたる直親を政次が支えることで共闘する同志になるというような意味です。

 7話終盤の政次と直親の井戸での会話は、今思えば18話の政次と直虎のシーンに重なります。このときも直虎と政次は言葉で「主従になる」と宣言しはしませんでしたが、二人はかつての政次と直親と同じような暗黙の了解で共闘する主従関係を結びました。

 そのような視点で見ると、第一幕の後半は城主(正確には後継ですが)になろうとする直親の成長の物語と捉え直すことができます。そしてそれは第二幕で直親の移し身として同じような段階を踏んでいく直虎の物語のプレリュードでもあったのです。

 だとすれば第一幕後半の影の主役は直親であり、ここで最も重要なのは直親と政次の「主従関係」です。二人は最初は対立していましたが、井伊のために協力して隠し里を守り、それが遠州騒乱の折の井伊の避難所として機能しました。また時期尚早で失敗したとは言え、今川から離れ松平につくという方向性も二人の同意で決められました。直親が生きていれば、もっと多くの事柄を二人で成し遂げることができたかもしれません。

 続く第二幕においては、対立を経て結ばれた直虎と政次の「主従関係」が井伊の繁栄の鍵でした。そしてその主従関係がなくなったとき、直虎は一歩も先に進めなくなってしまいます。ここから読み取れるのは、『直虎』において主従関係の段階的発展、すなわち主従の対立から和解、共闘関係の確立は、「主」を成長させる主要ファクターなのです。

 第一幕で主従を演じた三浦春馬さんと高橋一生さん、「検地回」では高橋さんの演技が注目されましたが、三浦さんの演技も繊細かつ堂々とした立派なものでした。実年齢では高橋さんより10歳も年下の三浦さんですが、全く気後れする風もなく互角に渡り合って存在感を示しました。今でも直親が色あせないのは三浦さんの演技のおかげもあるしょう。

 第二幕では、直虎と政次の演技のケミストリーが物語の鍵でした。この二人の演技に緊張感が欠けていたり、力量のバランスが崩れていたとしたら、ドラマの説得力が大幅に損なわれていたでしょう。すなわち『直虎』において、「主従関係」の緊張感は演技上の大きなポイントであると言えます。

 第三幕ではどのような「主従関係」の緊張が描かれるのでしょうか。まず考えられるのは、直虎と虎松です。この二人は厳密な意味での主従ではありませんが、直虎は主役ですから、旧リーダーと新リーダー間で井伊の方向性を巡って初期には何らかの対立があるかもしれません。

 その他に考えられるのは、家康と直政、そして直政と亥之助・直久です。そのうち家康と直政については、この二人の圧倒的に不平等な関係性を考えると、直政が家康とあえて対立する道を選ぶとは思えません。となると残りは井伊家内部、すなわち亥之助・直久との関係です。

 私は亥之助・直久がドラマの中でどれほどの重要性を占める役であるか全く知りません。彼らと直政は全く対立せず、政次と玄蕃のように終始良い関係が描かれるのかもしれません。しかし彼ら三人は、いわば旧世代の幼馴染三人組の継承者です。できれば何らかの葛藤や対立を経て、井伊を守るという強固な目的のもとに共闘する絆を築く過程を見たいものです。

 

第三幕に望むこと=若手の演技合戦

 38話以降で楽しみにしていることの一つは、若手俳優さんたちによる新世代幼馴染「主従関係」の演技合戦です。

 第一幕では直親と政次の俳優さんの年齢差は10歳でした。しかし虎松役の菅田将暉さんは1993年生まれ、亥之助役の井之脇海さんは1995年、直久役の冨田佳輔さんは1991年生まれです。わりあい年齢も近く、第一幕の二人とはまた違ったケミストリーが生まれることが予想されます。

 私は俳優さんに詳しいわけでもないですし、このブログでも俳優さん一人ひとりのプロフィールについて深く論じているわけでもありません。しかし今回はあえてそのあたりに少しこだわり、芸能記事的なものも参考にしながら何を楽しみにしているかを語ってみたいと思います。

 若手の男性俳優といえば、その登竜門としては戦隊モノや仮面ライダーがメジャーです。それを足がかりに、次には『35歳の高校生』のような同世代の男性俳優が大量出演する群像劇に出て知名度を上げるのがセオリーです。そのような群像モノの現場には、すでに売れている俳優とこれから売り出す俳優が混在しています。舞台裏報道ではしばしば、キャストは仲良く、撮影は和気あいあいとした雰囲気で行われていると伝えられます。しかし生き馬の目を抜く芸能界、実際にはライバル意識や嫉妬も渦巻いていることでしょう。そのような、同世代の同業者なら持っていて何の不思議もないライバル意識や嫉妬は通常はほとんど報道されません。しかし今日紹介する記事にはそれらのことがわりあい素直に書かれていて、私は興味を持ちました。

 その記事とは、直政役の菅田将暉さんと映画監督永井聡さんが映画『帝一の國』(2017年)について語ったインタビューです。

 

菅田将暉の勝負作『帝一の國』 「僕がここで消えるか、残るか。消えたらそれで負けです」 映画『帝一の國』菅田将暉&永井聡監督インタビュー - インタビュー&レポート | ぴあ関西版WEB

 

 『帝一の國』はエリート高校の生徒会長選挙をめぐるコメディで、男子高校生役として菅田将暉さん、野村周平さん、竹内涼真さん、間宮祥太朗さん、志尊淳さん、千葉雄大さんらが出演しています。ここで菅田将暉さんは、主役の重みと責任感、そしてある意味で損な面についても率直に語っています。

 興味深いのは、「主役をはること」に関して、『直虎』では龍雲丸を演じた柳楽優弥さんに対して次のように語っていることです。

 

菅田:あ、ただ『ディストラクション・ベイビーズ』(2016)は、初めて自分で負けを意識しましたね。主役を張っていた、柳楽優弥という男に対して。

(中略)

――菅田さんが主役としてそうやって臨んでいるからこそ、共演者のみなさんの意気もあがりますよね。『帝一の國』はリーダー論の映画でもありますが、それこそ先ほど挙がった『ディストラクション・ベイビーズ』の柳楽優弥さんなんかは、現場全員を引っぱっていたことが作品から伝わってきましたし。

 

菅田:本当にそうです。柳楽くんは一番考えていたし、もっとも悩んでいた。監督とも深く話し合っていた。そういう作業が大事ですよね。どんな形でもいいけど、自分の本気度を示すのが真ん中に立つ人間の役割ですよね。

 

 私は柳楽優弥さんの作品を初期の映画以外それほど見ていないので、菅田将暉さんの言う柳楽さんのすごみがまだ本当には実感できていません。『直虎』での柳楽優弥さんは、むしろ暴走しないように、主役を立てるように、そして直虎と政次の物語を邪魔しないように、少し抑えた演技をしていたように思えます。破天荒で、キレキレに演じようと思えばいくらでもできた可能性のある龍雲丸をあのように演じたのは、好意的に見れば柳楽優弥さんが全体を見る目を持っていたからなのかもしれません。

 逆にそのようなバランス感覚を良い意味でもたない若手俳優が、龍雲丸をとことん突き抜けて演じていたら、直虎、政次、龍雲丸の関係はどのようになっていたでしょうか。そして政次を他の誰かがもう少し冷たい、覚めた感じで演じていたら…。興味深い「もしかして」の世界です。

 しかし柳楽さんに「負けた」と思わされた菅田将暉さんも、他の共演者からは逆に敗北感を抱かれているようでした。

 

永井:そういえばさ、『帝一の國』の関係者試写会の後、(共演の)竹内涼真くんが悔しがっていたよ。

菅田:え、なんで?

永井:「菅田くんが凄い、やっぱり違う」って。作品自体はすごく楽しんでくれたけど、でも役者としては菅田くんの凄さを目の当たりにして落ち込むところもあったそうです。

 

 竹内涼真さんは、その正統派のルックスからは想像できない丁寧で繊細な演技で最近注目されている役者さんです。私も『ひよっこ』を見て、彼の間のとり方や表情の作り方の絶妙さに感心していたところでした。そんな恵まれた存在の彼も、菅田将暉さんという規格外の才能に対して色々とコンプレックスがあるということが興味深いと思いました。

 しかし私がこのインタビューで最も着目したのは、次の永井監督の発言でした。

 

永井:やっぱり、役者同士でそういうことがあるんだと思う。たくさんの若手俳優やエキストラがこの映画には出ていて、みんな、メインキャストに対してきっと「なぜこの人たちが売れているんだ」、「俺だってチャンスを与えてもらえれば」とギラギラしていたけど、菅田くんたちの演技を見て、「自分に足りないものが分かった」と言っている人が多かった。覚悟の違いを感じた、って。

 

 これを読んで私は、すでに売れているメインキャストの6人、特に主役の菅田将暉さんにライバル意識を燃やしながらチャンスを伺う若手の俳優さんたちのハングリー精神を想像し、胸がぞわぞわとするように感じました。

 さらに胸熱なのは、この『帝一の國』キャスト集団の中に、亥之助を演じる井之脇海さんも含まれているということです。勝手な想像ですが、井之脇さんも、「なぜ自分があの六人の中にいないのか」「なぜ自分が主役ではないのか」と思いながら映画に出演し、菅田将暉さんの「覚悟」に敗北感を抱いたか、あるいは心の底では「機会さえあれば、やはり自分のほうが」と思ったのかもしれません。

 だとすれば、『直虎』は彼にとっての「機会」だといえます。この世代の俳優を確実に牽引している存在である菅田将暉さんと、真っ向から演技で勝負して自分を証明するチャンスです。

 若手同士の切磋琢磨について、菅田将暉さん自身は次のように語っています。

 

菅田:映画の冒頭、帝一が生徒たちの前に立ち、「僕は、自分の国を作る」と宣言して始まるじゃないですか。実際、そのシーンでみんなの前に立ったとき、同世代の役者が前にずらっと並んでいて、「僕はこれだけの人のアタマ(主演)なんだ」と強く感じたんです。仁王立ちしながら、自問自答していた。「大丈夫だ、誰にも文句を言われない作品にしよう」と決意できる瞬間でした。帝一同様、野心を持って撮影に挑んでいました。せっかく同じ世代が集まったので、それぞれ個の強さを磨いていこうって。

 

 切磋琢磨していく、それぞれの個を磨いていく、しかし自分があくまで主役として牽引していく、これらが同世代の役者に対する菅田将暉さんの意識のようです。こうした意識を持った菅田将暉さんが井伊谷パートにおける家臣団をどのように牽引してくれるか、そしてそれに応えて井之脇海さんや冨田佳輔さんがどのようにケミストリーを起こしてくれるか、それが私にとっての第三幕の見どころの一つです。

 最後に「主役」についての菅田将暉さんの意見を見ておきたいと思います。

 

――主役が損をして、脇役が得をする傾向は近年とくにありますし、あえて脇を選ぶ人もいますね。

 

菅田:だけど、それは甘さでもあると思うんです。その損得をみんなが一度知ってしまったから。でも、昔の映画を観ていると、不器用でぶっきらぼうで、芝居としては良くないのかもしれないけど、それでも引き込まれるスター俳優さんはいましたよね。あの格好良さが僕の理想の一つ。真ん中でやるということから逃げていない。

 

 おそらくは、菅田将暉さんも主役ということにこだわりのある役者さんの一人だと思います。柳楽優弥さんもその一人で、彼はインタビューでもはっきりと将来大河ドラマでの主役も意識していると言っています。菅田将暉さんと柳楽優弥さんは、このまま順調にキャリアを積めば、そのうち大河の主役が回ってくる位置にいるのかもしれません。

 その二人のうち、柳楽さんは前述したように『直虎』では破天荒な役どころをやや抑え気味に演じました。柳楽さんにとっては柴咲さんは事務所の先輩でもあり、遠慮もあったことでしょう。しかし同時に柳楽さんがバランス感覚のある人だったから、あのような描写になったのではないかと思います。

    菅田さんもポジションとしては柳楽さんと同じ主役の直虎を支える脇のキャストの一人です。しかし龍雲丸と直政の違いは、直政は直虎のサポート役ではないということです。ここで私は菅田さんが直虎をも食う勢いでキレキレに演じるのか、バランス感覚が感じられる抑えた演技をするのか、その点にも注目しています。

 菅田将暉さんがここまで率直に考えを開陳できるのは、彼のオープンな性格のなせる業なのはもちろんのこと、彼が今それができる年齢と地位にいるというということも大きいと思います。今の高橋一生さんならば、もうここまで率直に語ることはないでしょう。柳楽さんは性格上ここまでは語らなさそうです。ですからこのインタビューは若い俳優の夢や覚悟や自負心が素直に表れた、私にとっては非常に興味深い読み物でした。そしてその「夢、覚悟、自負心」は次のような現実に対する焦燥感に立脚しているものだと思います。

 

菅田:(前略)勝ち負けについて考えるなら、現在まで役者を続けてくることができたという意味で、それを勝ちとするならば、トーナメントでいうところの負けていった人たちも当然いるわけで。この8、9年間でいなくなった人もたくさんいます。中には「あの人、凄い俳優だったのに」と尊敬していた方もいた。だからこそこれからも生き残っていけば、30代、40代でもっと何か大きなことが起きるんじゃないかって。

 

 彼が若い世代の役者が抱える必死さについて素直に吐露してくれたことに感謝し、『直虎』第三幕の若手演技合戦に注目して見ていきたいと思います。