Aono's Quill Pen

青野の鑑賞記録 ~溢れる思いを、心ゆくまま~

『おんな城主直虎』45話~直虎、家康、「武家のルール」からの脱却~

因果は巡る

 45話ではついに信康・瀬名殺害事件の序章が切って落とされました。この事件は『直虎』において最も有名な(しかし真相はよく分からない)史実の一つであり、おそらくは物語の終盤に一つの要として配置することが最初から想定されていたであろうエピソードです。『直虎』では変奏曲のように一つのテーマが何度か形を変えて繰り返し提示されます。そしてその繰り返しに関連性を持たせるため、大小の様々な伏線が張り巡らされています。

 「信康・瀬名事件」は遠くは11話の直親謀殺、近く31話「虎松の首」、そして33話の政次処刑と関連しています。さらにいえば、11話の前段ともいえる1話の直満謀殺、さらに遡って佐名人質差し出しの件も関わっているといえるでしょう。いずれも戦国の世において「主家や力の強い武将に難題を振りかけられた武家は、家の存続のために身内から犠牲を出さなければならない」というルールに従って生きるしかないということ、そしてそのルールに従う限り、状況によって犠牲を出させる側、出す側のどちらにも追い込まれうるということです。

 家康はかつて家の都合で再興を約束した井伊家を見捨て、そのことが政次の処刑につながりました。ドラマでは描かれませんが、家康が一介の人質から今の地位に上り詰める過程では、さらに大きな犠牲を出させる立場に置かれてきたことでしょう。だからこそ、於大の方がいみじくも諭したように、「そうやって生き延びてきたのだから、自分だけがそこから逃れることはできない」のです。

 その過程を間近で目撃する万千代は、かつての井伊家の苦悩を追体験します。井伊は今川に臣従する過程で何度も謀反の疑いをかけられ、そのたびに人質や首を差し出すことで生き延びてきました。そして井伊家の意図に逆らって独自の動きを示すように見える小野が「獅子身中の虫」として行動することで、今川の疑いをそらし、井伊家取り潰しという最悪の事態を避けようとしてきました。

 

井伊家のサバイバルと小野

 私は今話を見て、32話での政次の演説を思い出しました。政次は「井伊と小野は二つで一つであった。井伊を抑えるために小野があり、小野を犬とするために井伊がなくてはならなかった。そして生き延びる他なかった」と言いました。私は当時、その言葉の意味が半分は分かっていたかもしれませんが、もう半分は分かっていなかったのではないかと思います。

 今でも正直「小野を犬とするために井伊がなくてはならなかった」の部分には少し分からない点もあります(なぜ「なくてはならなかった」のか)。しかし、井伊が今川という主家に所領を安堵されて生きる敗戦の国衆であれば、今川の意向にはどうしても従わなければならなかったということは分かります。もしも今川がこれ以上土地の争奪がない安定国家における絶対的君主であれば、今川は井伊の謀反をむやみに疑うこともなかったかもしれませんし、井伊に無理難題を押し付けることもなかったのかもしれません。しかし戦国の世では今川自体が生き馬の目を抜く競争にさらされているのです。そして今川と国衆は忠義で結ばれている関係ではありませんから、今川は時には本気で国衆の謀反を疑ったり、自家の戦略上の都合で国衆の首をすげ替えたりしなければなりません。

 すなわち当時の井伊は、①今川に謀反の疑いをかけられないように注意深く行動し、②今川が自家の戦略上の都合で振りかける無理難題に対処し、③今川の弱体化の際には離反も視野に入れて身を処す、という3つの事柄を同時にこなさなければならなかったのです。その井伊が具体的に採った策が、小野という隠れ蓑を使うということでした。すなわち小野を今川の懐に飛び込ませ、今川に小野と井伊は敵対していると思わせて油断させ、今川からの攻撃を直接攻撃ではなく小野経由の間接的なものにすることでその破壊力を鈍らせてきたのです。そうした意味で、小野は井伊の盾だったのです。

 盾として、小野はよく戦いました。政直時代から通算すれば、まず佐名を差し出して義元の怒りを沈め、直満を密告して井伊本家に害が及ぶことを避けました。政次時代には徳川接近という③の任務を直親と極秘裏に進めながらも、それが失敗したために直親を犠牲にすることで井伊家取り潰しを逃れました。徳政令後に今川から虎松の首を要求された際にも再び盾となって悪役を演じ、偽装工作を行って井伊家断絶を避けました。その間直虎とともに③の徳川接近工作を再開させていましたが、家康の裏切りによって井伊家再興は実現せず、最終的には積もり積もった恨みの責任をとって処刑されました。小野は戦い抜きましたが、それでも井伊家を守り抜くことはできず、力尽きてついに倒れたのです。

 政次を刺したのは直虎でした。政次の政策の失敗は、直虎の失敗でもあります。今川のデスノートに書かれていた名前は直虎です。徳政令の結果、死んだのは「直虎」としてのおとわでした。おとわは物理的な命は永らえたのかもしれませんが、戦国の世の武家の当主としての「直虎」は、政次が死んだ瞬間に一緒に死んでしまったのではないかと私は思います。私は以前の感想で「ドラマの直虎は政次を槍で衝くことで彼(のファルス)を完全に所有してしまったのではないか」という趣旨のことを書きました。政次を殺すことで手に入れたものは、しかしながら彼女が欲しいものではありませんでした。彼を槍で突き殺した瞬間に、彼女はこれまでの彼と彼女を縛ってきた、そして井伊から多数の悲劇を産んできた「武家のルール」に心底失望したのではないでしょうか。

 

武家のルール」のオルタナティブ

人柱の連鎖

 堀川城の悲劇を経て、さらに近藤を癒やすという赦しの経験をした彼女は、「武家のルール」から降りることを決意します。その後の彼女は井伊谷を力の論理ではなく、教育と経済で繁栄させる小ユートピアとして再生させていきます。

 私は今後の家康は、おとわが絶望の淵で掴んだ再生のきっかけと世界観の転換を、信康と瀬名の死を契機に追体験するのではないかと思います。ノベライズ等を読んでいないので全くの勝手な予想になってしまいますが、おとわと同様に絶望を味わった家康は、おとわが井伊谷という小宇宙で行った改革を、今度は日本全土というスケールで行っていこうとするのではないでしょうか。そして家康にとっての「信康・瀬名事件」は、おとわにとっての政次処刑と同じような意味を持ってくるのではないかと思います。

 その手がかりになるのはやはり前述の於大の方のセリフでしょう。

 

武家とはそういうもの。家を守るためには親兄弟も、我が子の命すらも人柱として立てなければならない。その中で生かされてきたのだと。そなただけ逃れたいと言うのは、それは通りませぬ。」

 

なぜ「武家は我が子の命すら人柱として立てなければならない」のでしょうか。それは当時の「日本」が戦争や殺人行為という力と血の論理で世の中を治める覇権主義の小国が群雄割拠する時代だったからでしょう。かつて武田信玄が語ったように、山間の厳しい土地である武田は戦に勝つことで敵国の領土を奪い、その奪った領土を分け与えることで国力を伸ばしてきました。覇権主義の群雄割拠が続く限り、武家は常に他家の領土を奪うことで自分の力を伸ばし、家臣には土地を安堵し、農民には耕作地を与えなければなりません。限られたパイの奪い合いをするために、武家は調略と戦争を繰り返します。調略はしばしば戦争を避けるために行うものですが、そこで戦争の代償として等価交換されるものは一族の首なのです。

 ですからこの群雄が土地の争奪をめぐって戦争を繰り返すというサイクルを止めない限り、「人柱」の因縁は続いていくのです。

 

「戦国という病」の処方箋

 土地とそこに住む人にとっても戦争は歓迎されるものではありません。人は減り、土地は荒れ、森林は切り出され、それが次世代に引き継がれて悪循環が繰り返されます。また『直虎』の世界観のベースになっているとも言われる<戦国=プチ氷河期>という考え方にも注意を払うべきでしょう。それはすなわち、戦争するから貧しいのではなく、貧しいから戦争が起こるという、原因と結果を逆転させる視点です。この視点から見れば、平和主義を理念的に唱えたり非戦を実行することだけが大切なのではなく、むしろ戦争の原因である貧困の解消こそが最重要の課題なのです。

 政次の死を経て武家のルールに嫌気が差した直虎は、領主時代の経験を生かして、この根源的な問題に取り組みます。「万千代編」で直虎が手がける綿産業や森林の再生は、このドラマの「戦国という病」に対する処方箋で、これこそが<城主直虎>が試行錯誤の末に行き着いた究極の政策なのです。

 さて、45話の展開を見て、私は今話が想像以上に11話、31~33話の展開に寄せてきていること驚きました。私は以前のエントリで、『直虎』の全体構造を予測し、3期に分けて考えるということについて書きました。その中で、城主編たる第2期(12~38話)は前半と後半に分かれており、それぞれのミッドポイントに政次関連のエピソードが置かれているのではないかという考えを示しました。

 第3期万千代編は、全体が第2期の城主編のダイジェスト版のリフレインのように構成されています。まず直虎と万千代の対立が描かれ、そして政次の悲劇と重なるように「信康・瀬名事件」が語られます。この事件は万千代が直虎にとっての「政次事件」を追体験するのと同様に、家康に「武家のルール」に従って生きることの本当の意味をつきつけ、むしろ彼に生き方の根本的な変革を迫るものになるのではないかと思います。

 家康が行った政策には色々ありますが、武家支配を肯定しつつも大名の軍事力を削ぎ覇権主義を廃したことは江戸時代の安定的継続に大きく寄与しました。また開墾、森林政策、治水事業など直虎が行ったのと同様の政策を全土に広げ、制度化したことも功績の一つです。野心的なことに、このドラマは家康を幼少期から登場させ、直虎の経験を家康に追体験させ、直虎が井伊の小宇宙で実現させた政策を家康が列島全土に実現させるという作りにすることで、直虎の功績を印象付けようとしているのではないでしょうか。

 次回気になるのは、この事件が直虎と万千代にとって持つ意味です。もしかしたら直虎は政次事件を思い起こしてしまうのかもしれませんし、万千代はそんな直虎と家康から何かを学んでいくのかもしれません。明日はこの点にも注目して見ていきたいと思います。